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月刊 星ナビ 2008年1月号(60〜61p)


イエスは、へロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たらが東の方からエルサレムに来て、言った。
「ユダヤの王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたくしたらは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです」
これを聞いて、へロデ王は不安を抱いた。
そこで、へロデ王は占星術の学者たらをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。……中略‥‥‥

彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たらはその星を見て喜びあふれた。

     (日本聖書協会「聖書」新共同訳のマタイによる福音書第二章第一節より第十節まで)

これが、いわゆる「ベツレヘムの星」が初登場する場面である。その星の特徴は次の3点だ。

 @ある特定期間出現した
 A占星術の学者たちがユダヤの王が生まれたと判断できた
 B先立って進んだらしい(注1

そして、日本語表現の「星」に単数・複数の区別はないが、複数形のある英語や、カトリック教会で使うラテン語聖書やプロテスタント教会で使うギリシャ語聖書では、いずれも単数表記になっていることも特記されよう。

こうした特徴をふまえて、古来数多くの学者たちが、ベツレヘムの星の正体を突き止めるべく、それぞれの説を戦わせてきた。読者の皆さんも考えてみてほしい。この3つの条件を満たす天体はいったい何だろうか?

容易に思いつくのが、突如として現れる新天体であろう。明るい新星あるいは銀河系に現れた超新星、今話題のホームズ彗星のようなケースもある。
しかし、最も有名で支持者が多いのは複数惑星会合説(注2)、とりわけ、木星・土星会合説だ。惑星の運動法則で有名なケプラー(1571〜1630年)が唱えたと言われるが(注3)、実は木星・土星会合説を唱えたのはケプラーが最初ではない。
筆者が調べた範囲において、ペツレヘムの星の正体を探った最初の学者であるアパルパネル(1437〜1508年、注4)が、すでにベツレヘムの星=木星・土星会合説を論じている。彼はイスラエルの祖モーゼが生まれる3年前にもこの2惑星がうお座で会合したとし、木星と土星の会合が救世主の誕生を意味すると述べた。


■ベツレヘムの星の正体と考えられている、紀元前7年の木星と土星の会合のようす。
 木星と土星が同時期に衝になったため、最接近が3回ある。



1970年代末に発表され、やはり木星・土星会合説を支持するイギリスの学者ヒューズやファーガソンらの説によると、バビロニアに住んでいたゾロアスター教(拝火教)信者たちは、木星=神(王)の惑星、土星=ユダヤ人の守護星、うお座=シリアとパレスチナを意味したという(注5)。

だが、筆者は最有力といわれるこの説に同意しない。原典が単数表記というばかりでない。いかに目を見張る会合だったとしても、数日もすれば明確に2個に分離し、2惑星の会合だったと簡単にばれてしまうし、占星術師ならば当然、あらかじめ2個の惑星が接近することを知っているはずだからである。また、木星・土星の会合周期は約20年で、さほど珍しいことではない(注6)。いかにユダヤ人が虐げられていたとしても、救世主がそう頻繁に出現するはずはないし、そのたびごとに期待されていたら、狼少年になってしまいかねない。


やっとここで筆者の登場だ。
筆者は、くじら座の変光星ミラがベツレヘムの星ではないかと考えている。
かつて、本誌の前身である『スカイウオッチャー』誌1989年11月号に「新説!クリスマスの星はミラだった」という記事を寄稿し、読者の皆さんに提案させていただいた。
その記事では、
@ ミラがうお座に近いところにいること、
A

1070年の中国とファプリチウスによるミラ変光発見(1596年)直前に朝鮮(1592と94年)でミラが新星と認められたこと、
B W.ハーシェルはミラが1等級に達したことを観測したこと、
C ミラは新星や超新星説の欠点となる残骸を残さないこと、
そして、
D 単数であることを、論点として、ベツレヘムの星=ミラ説を主張したのである。

2007年2月にミラが1等星に達しようかという記録的な明るさになったことを、ご記憶の方も多いだろう。通常のミラの極大光度はおよそ3等止まりで、4等そこそこで増光が止まることもある一方、ごくまれに非常に明るくなる(筆者は数百年に一度程度と推測している)という点で、救世主出現にふさわしいと考えるのだ。

当時の観測がないことと、神秘的に動いたという記述に合わないことは、この説の最大の欠点として筆者も認めざるを得ない。しかしながら、最近、新たな事実が判明し、心強く思っている。アメリカ変光星観測者協会(AAVSO)のウェブサイトに・紀元前134年、ギリシャの天文学者ヒッパルコスがミラを観測した(当然、極大期である)と紹介されたのだ(注7)。
これまで大体力学的視点に偏りがちだったペツレヘムの星の検討法もようやく天体物理的な視点に立つべきことに、西欧の学者たちも気づき始めた証拠ではないだろうか。

なお、筆者が提唱する説にちなんで「クリスマスにミラを見よう」キャンペーンを強力に推進している日本変光星研究会の皆さん、中でもキャンペーンの発起人であり世話役としてご尽力くだきっているダイニックアストロパーク天究館館長の高橋進氏には、心から感謝を申し上げたい。と同時に、読者の皆さんが少しでも関心をお持ちいただけたら幸いであり、今年のクリスマス過ぎに極大を迎えるはずのミラに多数の方が目を向けてくださるなら、さらに嬉しいことである。



                    くじら座 ミラ ウィキペディア
1
注1

ベツレヘム(現在の名前はベイトラーム)はエルサレムの南8kmにある。なお、有名なマルコ・ポーロの東方見聞録に、パルタザール、ガスパール、メルキオールという名の三人の学者たちは、当時隆盛を誇っていたバビロン(イラクの首都バグダッド南方約80km)近くのカラ・アベリスタン(ゾロアスター教の町という意味)からやってきたという記事がある。
バビロン〜エルサレム(ほとんど東西)間には、現在直線距離にして800kmにもなる広大な砂漠地帯が広がっており、彼らがたどってきた行路は不明だ。
2
注2
会合=太陽系の複数天体が公転運動で、すれ違うこと。
占星術で重要視される概念。一応数度以内に接近する場合で普通は同じ黄経になった時を指す。
2個の惑星では、順行や逆行などですれ違う。
3
注3
これには異論があり、井本進氏(「天文と気象」1963年12月号)では、ケプラーは自らの計算で紀元前7年の木星・土星の三連会合(短期間に三回会合すること)が起きることを知り、それを学者たちがキリスト生誕の先触れと見たかもしれないが、ベツレヘムの星は惑星・彗星・新星のいずれでもなく、大気の下層で起きた何らかの超自然現象だと論じたという。
また井本氏こよると、ケプラーの着想は彼が読んでいた本がもとになっているという。その書名は不明だが、筆者はアパルパネルの本と推測している。
4
注4
ポルトガルの政治家で神学者だったアパルパネル(アプラパネルとも表配される)は、ヨーロッパに旧約聖書を伝えた人物である。
5
注5
この点について反駁できるような論拠を筆者は持っていない。
6
注6
C.フリチャード(イギリス)は、紀元前66年に木星・土量(1回限りの)会合が起こっており、ことさら注目された現象ではなかったことを理由に、会合説を否定した。
ただし、ステラナビゲータ(同年2月19日会合)での検証でわかるが、それが太陽近傍で起こったことから、注目されなかった可能性はある。だが、前126年4月23日や前245年4月1日の接近は注目されてしかるべきである。ステラナビゲータで検証してみてほしい。
7
注7
実はヒツパルコスが観測していたことが最初に指摘されたのは、すでに90年近くも前のことで・ミューラーとハートウイヒの輪文だったという。また同サイトには、1989年に筆者が輸拠のひとつとした中国や朝鮮でのデータも紹介されている。
http://www.aavso/org/vsstar/mirahistory.shtml